でんぶんSSまとめ

SSのまとめブログのアンテナ

蛇足 とあるフラグの天使同盟 7-3

    :

562 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:22:05.55 ID:GTpI+JVxo

――――――――――――――――――――――

一方通行がトイレから戻ると、ベンチに座っていたヴェントが何やら妙な事をしていた。
自分の頬をぐにぐにと引っ張っている。どうやら弛緩しきった頬の筋肉に喝を入れている
らしい。アックアとの対人戦で勝てた喜びが抜けず、ニマニマとした笑顔が解けないのだろう。

「よォ」

「ふぁ!?」

一方通行の存在に気付いたヴェントは慌てて頬から手を離す。
一体どれだけ引っ張っていたのか、彼女の頬はほのかに赤く染まっていた。
もっとも、紅潮の原因は頬をつねった事だけではないのかもしれないが。

ヴェントは頬をすりすりと摩りながらいつもの調子で話しかける。

563 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:22:34.64 ID:GTpI+JVxo

「ちょっと格ゲーは休憩するわよ」

「勝利の余韻を味わっていたいのか?」

「べ、別に。 あんなの、勝って当然だって言っただろうが。
適度な休憩も挟まないとベストなプレイが出来ないのよ」

相変わらずの言い草だったが、しかしその目はどこか遠いところを見つめていた。
やはり相当対人戦で勝利できた事が嬉しいらしい。ヴェントの口角がひくひくと
動いている。一方通行がこの場にいなければいつまでも悦に浸っているだろう。

一方通行は携帯電話を開いて時刻を確認しながら尋ねた。

564 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:23:12.78 ID:GTpI+JVxo

「で、だったらどォする? メシも済ませちまったし、どこか適当にぶらつくか?」

「アンタ何言ってんの。 ここはゲームセンターよ? 娯楽施設なんだから、
暇を潰せる手段は腐るほど揃ってんだろ。 外を出歩く必要はないわよ」

確かにゲーセンで一日中過ごしていられるという人間もいるが、
それだけ入り浸るには結構な金が必要になる。

「別に構わねェンだけどよ……、オマエやっぱり金持ってねェンだな」

「アンタ程は持ってないわよ。 無い事もないけどこのお金は……、あ」

「?」

565 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:23:41.41 ID:GTpI+JVxo

ふと、ヴェントが言葉を止めた。見ると、何かを思い出したようなハッとした表情を浮かべている。

「どォした」

「そうだった、私、買っておかなきゃいけないものがあったんだ……」

「何を買うンだ?」

「……」

返事が来ない。なぜかヴェントは困ったような、忌々しげな、そんな複雑な
顔をしながら言い淀んでいる。

566 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:24:29.24 ID:GTpI+JVxo

「なンだよ」

「……別に、何だっていいでしょ」

「俺には言えねェモンなのか?」

「そうじゃないわよ。 ……そうね、ついでにアンタにも後で付き合ってもらおうか」

「何なンだよ」

「諄いわね、後でいいって言ってんだろ。 それより、何か面白いゲーム無いのここ?」

結局ヴェントが購入したいものがなんなのかは教えてもらえず、話は一方的に終わってしまった。
一方通行は一瞬、自分に何かを贈るつもりなのだろうかと考えたが、ヴェントの様子からして
そうではないと否定した。当の彼女があまり面白くなさそうに話していたからだ。

567 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:25:33.70 ID:GTpI+JVxo

ヴェントは立ち上がり、店内の様子をキョロキョロと見渡す。
どうやら今ここでしつこく問い質しても機嫌を損ねるだけだと判断した一方通行は
面倒くさそうに頭を掻きながら定期的に襲ってくる睡魔を追い払った。

「ゲーセンには割と回数通ってンだろ? オマエまさか格ゲー以外のゲームやった事ねェのか?」

「他に目的が無かったから目もくれなかったわよ。 こういう店って対戦型格闘ゲームを
主に取り揃えて営業してるもんじゃないの? ゲームセンターって言うくらいなんだから」

「ゲームの定義狭すぎだろ……。 まァ無理もねェか、今までこンな場所で
ゲームなンてモンに触れる機会も無かっただろォしなァ。 ……そォだな、」

ついて来い、と言うだけ言って一方通行は勝手にどこかへ歩き始めた。
こことは違うエリアにあるメダルコーナーに目を向けていたヴェントが
慌てて彼の後を追う。

568 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:26:32.66 ID:GTpI+JVxo

二人がやって来たのはゲーセンの定番中の定番、UFOキャッチャーだった。
箱の全面がガラス張りになっている、通常より少し大型サイズの仕様だ。

「UFOキャッチャー……? このガラスぶち割って中のぬいぐるみやら何やらを取るの?」

「その行為のどこにUFOの要素が含まれてンだよ。 これは中に設置されてる
クレーンを自分で操作して、アームで目当ての景品を掴ンでダクトの中に
放り込むゲームだ。 これはニボタン機種だから割と運が絡ンでくるけどな」

「ふうん。 で、具体的にはどうやるの?」

「やってみるか? 一回だけ俺がやってみせるから、黙って見てろ」

569 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:27:20.90 ID:GTpI+JVxo

一方通行は財布から硬貨を数枚取り出し、投入口に入れる。
すると本体からリズミカルなBGMが流れだし、手元のボタンが点滅し始めた。
一方通行はまずクレーンが左右に動く方のボタンを数秒間押し続ける。
次にクレーンが奥へ進むボタンを押し、適当な景品の上へクレーンを移動させた。

「あとは見守るだけだ」

一方通行が二つ目のボタンから指を離すと、BGMが変化すると同時にクレーンが
緩やかに降下する。アームの先端がウサギのぬいぐるみの頭部を少し押さえ、
そのまま左右に開いていった。

「……」

570 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:27:59.12 ID:GTpI+JVxo

ヴェントはまるで水族館の巨大水槽を泳ぐ魚を物珍しげに見つめる子供のように
両手をガラスに押し当ててその一部始終を凝視し続けていた。

クレーンのアームがウサギの頭部をがっしりと掴む。が、

「あ」

どういう訳か、完全にぬいぐるみの頭部に固定されていたはずのアームが、
クレーンが上昇するとまるで力が抜けたようにぬいぐるみを解放してしまった。
何の成果も上げられなかったクレーンが虚しく景品ダクトへ移動していく。

「アームの強度がイマイチだな……。 ま、こンな感じで上手いこと目当ての
景品を掴ンでダクトに放り込みゃイインだよ。 上手いヤツは中身空っぽに
するまで搾取出来るが、下手な奴はもォどこかの店で景品と同じモンを
購入した方が早いンじゃねェかってくらい金を吸い取られちまうけどな」

571 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:28:40.75 ID:GTpI+JVxo

ただ最近のクレーンゲームの景品にはプライズゲーム専用景品、プライズ品と
呼称される、クレーンゲームでしか入手出来ない景品も存在する。特に注目されて
いるのがプライズフィギュアであり、専門メーカーから販売される完成品フィギュア
にも負けず劣らずの出来のフィギュアがクレーンゲームで入手できるという事で
人気を博している。その景品が元値より高い値で取引されるケースもあるらしい。

「奴隷市場とかでこのシステムを採用したら面白そうね」

「滑稽過ぎて反吐が出そォだな。 どォする、一回やってみるか?」

一方通行が硬貨を差し出すと、ヴェントは黙ってそれを受け取り本体に投入した。
比較などしても意味はないが、さすがにクレーンゲームと格闘ゲームでは操作の
複雑性が天と地の差であるため、ヴェントにも容易にプレイする事が出来た。

572 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:29:16.72 ID:GTpI+JVxo

「あのウサギのぬいぐるみ、アンタにそっくりじゃない」

「ふざけンな……と言いてェところだが、さすがに否定は出来ねェな。
つかおかしいだろあのデザイン。 明らかに"俺に似せてやがる気がする"」

「だからアンタもあのぬいぐるみを狙ったんでしょ? 私もそうする」

先ほど一方通行が取ろうとしていたウサギのぬいぐるみをターゲットに選んだヴェント。
一方通行も言っていたが、そのぬいぐるみはウサギをモチーフしたにしては明らかに
不自然なデザインだった。

頭部こそ長い耳にまん丸の赤い目、口を表現したバツ印ではあるが、それ以外がおかしい。
ウサギの右腕には何故か『杖』が装着されているし、キャラクターとして着せられている服は
彼がよく着る縞模様のシャツ。おまけに首にはオシャレな黒いチョーカーが付けられていた。

573 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:29:58.61 ID:GTpI+JVxo

(悪意すら感じるンだが……、偶然で片付けられるレベルじゃねェだろあのデザイン)

誰かが嫌味のつもりで作成したようなぬいぐるみ目掛けて、ヴェントが操作する
クレーンが移動していく。景品の頭上にクレーンを位置づける作業は意外と難しい
のだが、彼女は難なく絶妙な位置へクレーンを持っていく事が出来た。

運命の瞬間。クレーンが降下し、あまり信用出来ないアームがウサギの頭部を挟む。

「! 捕獲したわ!」

がっしりと頭を掴まれたウサギは、クレーンによって問答無用に
ダストまで運ばれていく。自分に似ているからか、一方通行はその光景を
見て何だか悲しくなってきてしまった。

574 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:30:41.68 ID:GTpI+JVxo

「え……」

軽く絶望したような、目の前に餌をぶら下げられ食いつく直前に取り上げられたような、
そんな調子の声がヴェントから漏れた。ぬいぐるみがダストにボッシュートされる直前、
アームが限界を迎えたのか、ぬいぐるみを落っことしてしまったのだ。

「残念だったな。 個人的には回収してほしかったンだが……」

「……」

ヴェントは黙ったまま取り逃したぬいぐるみに視線を固定させたままだ。
てっきりまた不貞腐れたのかと一方通行が適当に慰めようとしたが、

575 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:31:30.22 ID:GTpI+JVxo

「ま、いいわ」

「諦めたのか?」

「わざわざ金払ってまで手に入れる価値が無いってことよ。 こんなぬいぐるみ
じゃなくてもアンタという本物がここにいるし、私はそれで充分満足出来るわ」

「それどォいう意味だオマエ……」

どうやらUFOキャッチャーはヴェント様のお気に召さなかったらしい。
わずか一回プレイしただけで飽きた彼女は次なるゲームを求めて場所を移動した。

ならば自分が回収してやろうかと一方通行はもう一度UFOキャッチャーに挑もうとしたが、
ダストの傍で虚しく転がっている自分そっくりのぬいぐるみを見てやる気を削がれたのか、
このまま処分されるまで永遠に他者の手に渡らぬ事を祈りながらヴェントの後を追っていった。

576 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:32:15.79 ID:GTpI+JVxo

――――――――――――――――――――――

ところで、『プリクラ』がプリント倶楽部の俗称及び略称である事を知らない人は結構多いらしい。

「……どういうゲームなのこれは? 何でカーテンで仕切られてるのよ」

「ゲームっつか、こりゃプリントシール機だな。 この部屋の中で撮った
写真をシールにしたモンが手に入るンだよ。 今でも流行ってるらしいが」

一方通行とヴェントはプリクラ機の前でそんな会話をしていた。
普通、プリクラが設置されているエリアに男女二人組が居る事は極めて自然なはずだが、
なぜか二人は浮いていた。両者が放つ独特の雰囲気とプリクラのキャピキャピした雰囲気が
マッチしないせいなのかもしれない。

577 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:33:12.62 ID:GTpI+JVxo

カーテンを少し開けてヴェントが部屋の中を覗き見る。これまでここでプリクラを
作成した学生等が貼っていったのだろう、部屋の至る所に人の顔が写った可愛らしい
デザインの写真シールが見受けられた。

写真は人の想い、意識、念が強く込められるという。ヴェントは部屋の中に渦巻く
大勢の人間の思念じみた何かを感知し、気分を害したように青くなった顔を引っ込める。

「なんか気味悪いけど、便利かもねこれ。 写真に魔術的意味を持たせて
魔術発動の道具や霊装に用いる例はいくつもある。 このサイズでしかも
シールなら携帯性も文句ないし。 探せばこのプリクラとやらを利用した
魔術を使う魔術師がいるかもしれない。 俗っぽくて気に入らないけど」

「プリクラに対してそンな解釈をする人間は魔術師だけだろォな」

「普通の人間はこんな物を集めてどうしようっていうのよ?」

578 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:34:12.31 ID:GTpI+JVxo

「普通の人間はこんな物を集めてどうしようっていうのよ?」

「若年層が一〇年以上前に食いついたンだよ。 特に女子高生なンかは思い出を
残せる写真とかを好むからな。 女受けしそォなデコレーションも施せるし、
残したい記憶をシールって形で誰でも気軽に作成できる点が好評で流行ったらしい」

「何でアンタそんな事知ってんの?」

「……なンでだろォな。 知らねェ内に余計な情報まで取り込ンでたのかも
知れねェ。 ガキの頃は毎日が実験漬けだったから、そンな余裕は無かった
はずなンだけどな。 情報ってのはいつの間にか刷り込まれてるモンだろ」

「あっそ。 ……思い出、ねえ」

579 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:35:22.64 ID:GTpI+JVxo

ヴェントはほんの一瞬だけ遠い目をした。
彼女が持つ、恐らくは唯一の『思い出』。死別した弟と一緒に写った
一枚の写真を思い出しているのだろうか。

「こういうのってどういう人間が利用するもんなの?」

「さっきも言ったが若年層、特に女子高生が中心だが……実際は色々だろ。
男連れでも家族でも、親子でもカップルでも、プリクラなンて呼称されてるが
要は写真シールだ。 写真なンだからどンな人間でも利用するンじゃねェのか」

「まさかアンタも誰かとこういうの撮ってたりすんの?」

「ねェよ。 写真自体は何度か撮ったり撮られたりしたよォな気もするが、
プリクラなンざ俺にはまるで縁のねェモンだからな。 全く似合わねェし」

「……」

580 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:36:08.78 ID:GTpI+JVxo

ヴェントは改めて部屋の中を覗く。多くの人間が写った写真が
こちらを見ているような錯覚に襲われ、やはり良い気分はしなかったが
よくよく見てみると写真に写った各々の顔はどれも皆、純粋に人生を
楽しんでいるような笑顔である事に彼女は気付いた。

「ふん」

ヴェントは思案し、顔を引っ込めて一方通行に提案する。

「だったら記念に一枚撮ろうか」

「嘘だろオイ。 オマエこォいうの一番嫌悪しそォな人間だろ」

581 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:37:25.03 ID:GTpI+JVxo

「デコレーションだとかそういう浮ついた要素は気に食わないけど、
写真くらい私だってたまには……、……たまには撮ろうかなとか思うわよ」

「あァそォかい。 ……俺があまり乗り気じゃねェンだが、まァたまにはイイか」

という訳で一方通行は財布を取り出し中身を確認したのだが、

「……チッ。 オイ、ちょっと待ってろ。 小銭がねェから崩してくる」

そう言って踵を返し、現代的なデザインの杖をつきながら両替機へ向かった。

582 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:38:22.78 ID:GTpI+JVxo

「……」

一方通行の姿が見えなくなったのを確認したヴェントは三度部屋の中を覗く。
こうして見るとまるで恐れながらも路地裏から表の様子を窺おうとする臆病な猫のようだ。

よく確認すると部屋中にぺたぺたと貼られているプリクラが皆笑顔なのだが、
更に注意深く観察してみるとそのプリクラに写っているのはほとんどが
仲睦まじげな男女二人組、つまりカップルである事が新たに判明した。

(な、何よこれ……。 カップル以外はお断りみたいな……プリクラって得てしてこんなもんなの?)

これから一方通行と二人でプリクラを撮るという時に、ヴェントは何だか急に気恥ずかしさを覚えだす。
と、そんな彼女の耳に声が届いた。音源はヴェントが居るプリクラ機の隣にあるもう一つのプリクラ機。
室内から顔を出して隣から聞こえる声に耳を傾ける。声色からしてどうやら中に居るのは男女二人組らしい。

583 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:39:53.65 ID:GTpI+JVxo

よく耳をすませてみるが、会話の内容が聞き取れない。声が外部に漏れないよう
ひそひそと会話をしているようだ。

「……?」

会話の内容はともかく、ヴェントはプリクラの撮影風景がどのようなものなのか
気になって仕方がなかった。中の二人に悟られないよう足音を殺してゆっくりと
カーテンを開き、ほんのわずかに開いた隙間から室内の様子を窺ってみる。

「!」

室内の光景が視界に入り、様子を理解した瞬間にヴェントは速攻で顔を引っ込めた。
彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっている。視線があちこちに揺らぎ、今にも倒れそうな
危なっかしい足取りで一歩一歩後退していった。

584 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:41:10.80 ID:GTpI+JVxo

中に居た男女の学生二人は、その、いわゆるチューをしながら撮影に臨んでいたのだ。
何かを言うために声を出そうとするが、口がパクパク開閉するだけで
音を発する事が出来ない。

「…………、……!」

ここでヴェントの頭に蘇ったのは、あの時の記憶。
そう、彼女は何も男女のキスシーンを見て衝撃を受けた訳ではない。
いくら何でもそこまでヴェントはウブではない。

蘇った記憶は、『天使同盟』がロシアに来て何日か経った時の事。
露天風呂の休憩所で一方通行と会話をし、そして―――――――。

「待たせたな」

「ぬふぅ」

585 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:41:58.28 ID:GTpI+JVxo

掛け値なしに口から心臓が飛び出たとヴェントは思った。両替を終えて
帰ってきた一方通行は、声をかけただけで妙な声を出したヴェントに怪訝な目を向ける。

「? なンだよ」

「ちょ、ちょっと……待ちなさいよこのクソ野郎……。 あ、あ、
アンタ、この……プリクラとかいうの。 ちょっとアレなんじゃ」

「は?」

「い、いや……何でもないけど……」

586 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:42:38.92 ID:GTpI+JVxo

茹で上がりのタコのように顔を赤く染めながらヴェントは激しく動揺していた。
この場を離れたわずか数分の間に一体何があったのかと一方通行は考えるが、

「ま、まぁ仕方ねえよな……アンタが撮りたいっていうんだから仕方が無い……」

「いや俺が撮りてェって訳じゃねェンだが……。 何だ、嫌なら別に―――」

「いいからさっさと入れよ!」

尻に強烈な蹴りを食らった一方通行は転がるように室内に激突し、
悪態をつく前にヴェントが部屋に押し入り、カーテンを閉めてしまった。

587 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:51:06.11 ID:GTpI+JVxo

今回はここまでです。

書いてて腹が立ってきたのでチューしながらプリクラ撮ってるカップルが
心臓麻痺で死ぬ展開にしようかと思いましたが、意味不明なのでやめました。

私事なのですが、最近はあまりゲーセンなどには立ち寄れず、今のゲーセンが
どのようになっているのかよくわかってません。ビデオゲームフロアなどは
何となくまだわかりますが……。今でもプリクラってありますよね?

そんな訳で次回はちゃっちゃとプリクラ撮って、そしてこのお話のラスボスを呼ぶまでをお送りします。

588 :次回予告はここまでです。 ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/26(月) 07:51:44.61
ID:GTpI+JVxo

【次回予告】

「こんな所で妙なプライド出してどうすんのよ」
ローマ正教、禁断の組織『神の右席』の元一員――――――前方のヴェント

「俺も血生臭せェ『闇』から背を向けるなら、普通の人間として生きて
いくつもりなら、この程度の壁なンざ鼻歌交じりで越えなきゃならねェ」
『天使同盟(アライアンス)』のリーダー・学園都市最強の超能力者(レベル5)―――――― 一方通行(アクセラレータ)

「お姉様に付き従ってもう割と長い月日が経ちましたが、初めてお姉様をバカだと思いましたの」
第一七七支部所属の『風紀委員(ジャッジメント)』――――――白井黒子

「や、やかましい! とにかく試してみるわよ、構わないわよねミーシャ?」
学園都市・常盤台中学の超能力者――――――御坂美琴

「studm了承zmfrs」
『天使同盟』の構成員・水を司る大天使『神の力(ガブリエル)』――――――ミーシャ=クロイツェフ

589 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区) [sage]:2012/03/26(月) 08:02:36.65
ID:5DsSYOYZ0

カップルはそのまま死んでも・・・いやなんでもない。
相変わらずヴェントが可愛い。
一方通行に似たぬいぐるみはエイワスさんの仕業なんだろうか

591 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大分県) [sage]:2012/03/26(月) 11:45:43.34
ID:NQzQEFMQ0

何をするつもりなんだ美琴ww

604 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:10:39.21 ID:ymqQwoTLo

――――――――――――――――――――――

プリクラ機の室内は何故かピンクを基調としたカラーリングが施されており、
ハートや星のデコレーションで甘々な雰囲気が演出されていた。
当然、そんな擬音にしたら『きゃるきゃる~ん』や『ぽわわわ~ん』な空気に
まるで縁がない一方通行とヴェントはこの光景にうんざりとする他ない。

「出よォか」

「この程度の重圧に耐えられないようでは私と写真を撮る資格は無いわよ」

「オマエと写真を撮るにゃ資格が必要だったのかよ」

605 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:11:33.32 ID:ymqQwoTLo

だがそういうヴェントもよく見ると冷や汗を掻きまくっており、気のせいか
息遣いも荒い。恐らく内心で懸命にこの『毒』と言っても過言ではない
スイートな室内の空気と戦っているのだろう。戦況は芳しくないようだが。

「なンつゥか、ラブホテルの部屋みてェだな」

「な、あ?」

一方通行の唐突な発言に思わず変な声が出るヴェント。

「あ、アンタそういう場所に行った事があるの?」

「さっきも言っただろォが。 情報ってのは求めていよォがいなかろォが
いつの間にか頭ン中に刷り込まれてるモンなンだよ。 つかプリクラ
知らねェクセにラブホテルは知ってンのか、知識偏ってンなオマエ」

「う、うるせえな」

606 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:12:40.20 ID:ymqQwoTLo

プリクラとラブホテルに何の因果関係があるのかはわからないが……。

視線をあちこちに泳がせながら混乱するヴェントは必死で何か違う事を
想起しようとするが、いくら記憶回路を絞っても出てくるのは先程目撃
した男女二人組の学生が交わしていた口づけの場面だけだった。

このままでは『どうにかなってしまう』と危惧したヴェントは
半ばヤケクソ気味に話題をチェンジしようと試みる。

「そ、そういえばさっきアックアと勝負した時―――」

「気のせいかも知れねェが、なンかこの部屋やたらと狭くねェか?」

607 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:13:22.07 ID:ymqQwoTLo

が、ヴェントの努力は一方通行の何気ない指摘によって遮られる形となった。
彼の言葉を聞いてヴェントは室内を見回す。先ほどカーテンから少し覗いた
時には気がつかなかったが、言われてみれば確かに狭いようにも感じる。

いや、明らかに狭い。プリクラ機の面積基準を満たしていないとしか
考えられないほど狭い。その証拠に、隣にいる一方通行とある程度密着
していないと壁に押し付けられてしまう体勢になる。

(まさかこの部屋……"そういうコンセプト"なのか?)

ヴェントの推測はズバリ的中だった。二人が利用しているこのプリクラ機、
男女のカップルが利用する事を前提とした仕様の少し珍しいタイプだったのだ。
『恋キュン密着倶楽部』という名称がプリクラ機の外面にデカデカと記載されて
いるのだが、確認作業を怠った二人はまんまと場違いな部屋へ入ってしまった。

608 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:13:59.87 ID:ymqQwoTLo

「や、やっぱやめ――――」

「面倒くせェ、さっさと撮ってここから出るぞ」

もうさっきから紅潮状態が続いているヴェントの退室提案も虚しく、
一方通行は硬貨を投入口に入れてしまった。室内に"それっぽい"BGMが
流れだし、画面が切り替わると同時に手順を説明する音声案内が始まる。

「話聞けテメェ! 中止よ中止」

「オマエに否定形はねェンじゃなかったか?」

「た、たまにはあるわ!」

「そりゃ俺もオマエと同じ心境だがよォ、」

609 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:14:36.24 ID:ymqQwoTLo

一方通行は音声ガイダンスを軽く聞き流し、タッチパネルを適当に
操作しながら話を続ける。

「こォいう笑えるくらい似合わねェ事でも、やらなきゃならねェンだ俺は。
さっきも言ったが今でも俺は乗り気じゃねェし、許されるならこの機材
を銀河の果てまでぶン投げてェとさえ思う。 だが、残念ながらそれじゃ
ダメなンだよ、今の俺は。 こォいうバカな事でもやらなきゃダメなンだ」

「こんな所で妙なプライド出してどうすんのよ」

「プライドっつーか……、例えばこンなプリクラとかゲーセンとか、
普通の人間なら当たり前のよォに生活の一部として割り切れるだろ?
俺も血生臭せェ『闇』から背を向けるなら、普通の人間として生きて
いくつもりなら、この程度の壁なンざ鼻歌交じりで越えなきゃならねェ」

「……、」

「ゲーセンに通ってるオマエと同じだよ。 俺はオマエを見習ってンだ」

610 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/29(木) 11:14:59.87
ID:HNvbh7jO0
ヴェントさんマジみねね。

611 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:15:32.18 ID:ymqQwoTLo

暗部としての活動、第三次世界大戦、『天使同盟』、『第一九学区事件』。
ごくありふれた生活を送る上で必要のない要素に、一方通行は触れすぎた。
それは時に己から首を突っ込み、時に理不尽に巻き込まれたりもした。

そのような人間に必要なものは『何でもない日常』。一方通行も垣根帝督も、
風斬氷華もフィアンマも、"人間として"当たり前に生きるために自分の立場を
理解し、見直し、目を背けず、日々懸命に生きている。

非日常に浸りすぎた人間には、こういった馬鹿みたいに当たり前な環境に対し
真剣に取り組み、順応していかなければならないのだ。一方通行にとっては
その辺でスーパーでカートを押しながら買い物をするのもプリクラを撮るのも
違いはない。

だから、今ここでプリクラを撮る。阿呆らしく思えるかもしれないが、大事なことなのだ。
それがまず理由の一つであり、

612 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:16:05.88 ID:ymqQwoTLo

「まァ、それと」

もう一つ、ただ単純明快な理由が彼にはあった。

「こォいう事言うのも抵抗があるが、イインじゃねェのかこォいうのも。
無理やりじゃなく自分を納得させて俺はそォ思ってる。 ようはアレだ、
せっかくだし、オマエと一緒に写った写真の一枚くらい持っておきてェンだよ」

「……」

真剣な話なのかシュールな笑いを狙っているのか判断し難い言葉に
ヴェントは閉口するしかなかった。

613 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:16:49.02 ID:ymqQwoTLo

「オマエが最初に撮りたいと言った時、俺は乗り気じゃねェなンて言ったが
……実際はまンざらでもなかったりするのかもな。 まァ笑いたきゃ笑え、
悪いが俺は絶賛修行中の身でな。 あンまこォいう状況から逃げたくねェンだ」

「……何かこの前に垣根帝督と口論してた、アレ?」

「そォいうこった。 ……強制はしねェが、」

ヴェントは一方通行の横顔を見る。相変わらず見ていて腹の立つ顔だが、
どこか照れくさそうにしているその表情に彼女は観念したように笑った。

「……最初に持ちかけたのは私だしね」

「?」

「乗りかかった船だ、撮るわよ」

614 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:17:30.65 ID:ymqQwoTLo

さっさと操作しやがれ、と完全な命令口調で吐き捨てるヴェント。
腕を組み、そっぽを向いてむくれた表情を浮かべる彼女に一方通行は
『はいはい』と面倒くさそうな調子で、しかし素直に撮影手順を踏んでいく。

『では、撮影を開始します! フレームに収まる位置を確認してください』

「チッ、こンな狭かったら顔も半分くれェしか写らねェじゃねェか……」

「だ、……」

撮影開始のカウントが始まったが、なかなか二人の顔がいい具合の位置に
収まらない。部屋が狭い上にフレームのサイズも微妙に小さいのはもちろん
この機体の仕様なのだが―――、

615 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:17:59.49 ID:ymqQwoTLo

「だったらこうすればいいだろ、もたもたすんな!」

「なっ、オイ――――」

ヴェントは一方通行の細い腕に自分の腕をしっかり絡めると、そのまま
自分の方に彼の体を引っ張った。完全に密着状態になったところでタイミング
良くカメラのシャッターが降りる。

二人が撮った初めての写真。真っ赤な顔のまま引きつった笑顔のヴェントと、
強引に体を引き寄せられ苛立ったような表情の一方通行。お世辞にも良いとは
言えない写真が一二分割されて取り出し口に出てきた。

616 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:18:50.95 ID:ymqQwoTLo

――――――――――――――――――――――

お昼。

「えー、とにかく。 この常盤台中学女子寮で過ごす限り、例え客人である
貴女でも寮の規則はしっかりと守ってもらいますの。 ご理解出来て?」

「mzighf了解lpvrgt」

「寮監には逆らわない事、暴飲暴食は以ての外、ここ以外の部屋に無断で
入室しない事、お姉様とあまりイチャイチャしない事、最低限これだけの
ルールは破らぬようお願いしますの。 基本的には歓迎ですのよ」

「czhj把握pufeg」

「会話が出来ねええええええ!」

617 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:19:54.94 ID:ymqQwoTLo

実のところ会話はしっかりと成立しているのだが、ミーシャの放つ独特(過ぎる)言語を
理解出来ない白井黒子は頭を抱えながらベッドの上でのたうち回っていた。

食事を終えたミーシャ=クロイツェフと御坂美琴、白井黒子は三人で顔を合わせて
改めてこのミーシャという異形について議論を交わしていた。

とは言っても白井が『で、結局この怪物は何者なんですの?』と尋ね、美琴が
『んー、何か天使なんだって』と適当にも程がある解答を提示するの繰り返しであった。

話題の種であるミーシャはお嬢様が過ごす女子寮の部屋に興味津々といった様子で、
棚を漁ったり(白井に止められた)、故意ではないにせよ机を散らかしたり(白井に怒られた)、
二人の下着を漁ったり(白井に殴られた)、美琴の下着を白井の頭に被せたり(白井に褒められた)と、
いつも通りのやりたい放題スタイルを実行していた。

618 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:20:49.61 ID:ymqQwoTLo

「あーんもう、これではコミュニケーションが成り立ちませんの。 以前に
常盤台で出会った時もそうでしたが、会話が出来ない以上客人としてもてなす
事はおろか普通に接する事もままなりませんの。 これは由々しき事態ですわ」

「ocjgw白黒lapqas」

「だからそれでは通じてるって言ってますの!! わたくしをそんな
オセロやオレオみたいに呼称するのはやめてくださいとあれ程――」

「yuds熊猫sjhot」

「今のは理解出来ませんでしたが結局同じ意味合いの事を言われた気がする!」

ギャーギャーと騒ぎながらも何だかんだで楽しそうに触れ合うアホ二人を放置し、
美琴は机に向かって作業を行なっていた。その手には精密作業を補助するドライバーや
ピンセット、その他に何やら細かい精密機器の部品、極小サイズのチップなど、
そのテのカテゴリーが苦手な人が見たら目眩を起こしそうな要素が机に広がっている。

619 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:21:34.80 ID:ymqQwoTLo

「……で、ここをこうして……。 あ、ここはこの経路に繋げなきゃいけないのかな」

「……お姉様ぁ」

疲弊しきった調子の声色で白井が背を向けて黙々と作業を続ける美琴に尋ねる。

「先ほどから一体何をしておいでですの?」

「んー……ちょい待ち。 …………、……。 よっしゃ出来た!」

「?」

どうやら何かが完成したらしく、美琴は椅子から勢い良く立ち上がると
これ以上はないと断言出来るドヤ顔で二人の方へ振り返った。

620 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:22:16.34 ID:ymqQwoTLo

「じゃーん!」

「……………………それ、は?」

「tsrot不可解cks反応loe感知psytxfr」

印籠よろしく腕を前に突き出して美琴はその完成した何かを二人に見せつけた。
それは一見、『首輪』のようだった。その首輪に比較的小さなワイヤレスマイクが
装着されている。

「黒子、アンタこいつとのコミュニケーションが成立しない事に苦悩してるわよね?」

「それはお姉様も同じでは?」

「marx微弱ahe魔力alpoe」

621 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:22:58.79 ID:ymqQwoTLo

その首輪に、白井は怪訝な目を向けたがミーシャは違った。首を左右に傾げながら
不思議そうに美琴の下へ近づき、そろ~っと指で首輪をつんつんとつつき始める。
匂いを嗅いだりもしているが、この人外に嗅覚なるものは備わっているのだろうか。

「お、やっぱりアンタにはわかるの? これに組み込まれている『アレ』が」

「?」

「お姉様、勿体ぶらないで答えを教えてほしいですの」

よろしい、と美琴は咳を一度立て、首輪を天に掲げながら堂々と宣言した。

622 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:23:31.98 ID:ymqQwoTLo

「対ミーシャ用コミュニケーションツール、その名も『ガブリンガル』よ!!!」

ぱちぱちぱち……と、とりあえず拍手しとくかみたいな雰囲気でミーシャが手を叩く。
対して白井は『お姉様、頭でも打ったのかな?』と口には出さないが内心では
正直美琴の言動に疑問を感じていた。

623 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:24:12.38 ID:ymqQwoTLo

「その、ガブリンガルとは一体……?」

「私が今日、即興で開発したミーシャ専用翻訳機、と言ったところかなー。
ほら、『外』で開発された『バウリンガル』っていう犬の
コミュニケーションツールって名目の"オモチャ"があるじゃない?」

「ああ……ありましたわねそんなのも」

「アレの名称を拝借して名付けたの。アンタ、別名をガブリエルって
言うんでしょ? 語呂的にはグッドじゃない?」

こくん、とミーシャは首を縦に振る。ミーシャは美琴と白井に自分の本来の
呼び名を教えていた。もちろん、他言無用で。二人はなんだか仰々しくて
呼びにくいという理由で結局ミーシャと呼んでいるが、本人はもう気にしていない。

624 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:25:16.38 ID:ymqQwoTLo

「ほ、翻訳機……ですの? この、眉唾ものですが別の世界からやって来た
ミーシャさんの意味不明の言語を翻訳するツール……? ど、どうやって
この方の言語の法則性を把握したんですの? そもそもなぜ首輪…………」

「ぶっちゃけ法則は人間である私には理解出来ないのよね。 あの火野とかいう
男に聞けばわかるかもしれないけど、どこに居るのかミーシャも知らないし。
で、私はとある極秘ルートから学園都市が秘密裏に保有してた物を入手したの」

「極秘ルート? 秘密裏に保有? お姉様、"また"わたくしに
内緒でヤバい案件に首を突っ込んでおられません?」

「…………、……。 足はつかないようにしたから平気よ。 黒子、『天使の涙』って聞いた事ある?」

若干の沈黙に、白井は眉をひそめて首を傾げた。

625 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:26:15.02 ID:ymqQwoTLo

『天使』というキーワードが出てきた以上何らかの反応を示すべきのミーシャは
そもそも話を聞いていなかったらしく、さっきから美琴が持つ『ガブリンガル』をジッと観察している。

「私も詳細は知らないんだけど、かつて学園都市が研究、解明に着手した
曰く付きの宝石なんだって。 何でもそれを使えば天使と会話が出来る
けど、使用方法を誤れば死に至る……なんて、佐天さん辺りが食いつきそうよね」

「その胡散臭い宝石をパーツにして作ったのがこのガブリンガルですの?」

「私が入手出来たのは『天使の涙』のわずかな欠片だけ。 今はもう
その宝石の研究は凍結されてるらしくて、専門の研究機関も潰れた
らしいわ。 その時の『遺産』を今回、私が拾ってきただけの話よ」

美琴が開発した『ガブリンガル』は、その本体も兼ねた小さなワイヤレスマイクに
更に極小の精密機器と、一度落としたら二度と見つからない程小さな『天使の涙』を
第三位の頭脳をフル回転させて作り上げたアホ臭くも凄すぎるツールである。
少しでもその才能をどこか別の方向へ……普段は使っているのだが。

626 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:27:10.03 ID:ymqQwoTLo

ミーシャの首に『ガブリンガル』を装着し、その状態でミーシャが声を発する。
その音波を『天使の涙』が組み込まれたワイヤレスマイクがキャッチし、
『天使の涙』を介して正しくミーシャの意思を伝える事が出来るという。

「ただし、正確に言語が再生出来るかどうかは『天使の涙』に一任しちゃってるけどね。
学園都市で研究されていたとはいえ、半分以上はオカルトの領域の宝石だもの。
いくら私でも個人でその宝石の性質を解明する事は出来ないから、そこはご愛嬌」

「お姉様に付き従ってもう割と長い月日が経ちましたが、初めてお姉様をバカだと思いましたの」

「や、やかましい! とにかく試してみるわよ、構わないわよねミーシャ?」

「studm了承zmfrs」

「いいのかよ」

627 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:28:00.52 ID:ymqQwoTLo

白井のツッコミも虚しく、美琴の手によってミーシャの首に『ガブリンガル』が
装着される。その光景がまるで出社前の夫にネクタイを付けてあげる妻のように見え、
白井は理不尽な嫉妬の念をミーシャに送るが普通に無視された。

「これでよし。 さぁミーシャよ、今こそそなたの思いをあらん限りに打ち明けるのだー!」

「なんだか今日のお姉様、変……」

白井の言う通り、今日の美琴はいつもと違う奇妙なテンションが続いていた。
天使という別位相の存在と触れ合い過ぎてちょっと頭をやられてしまっている
のかもしれない。それならこの『ガブリンガル』とかいう才能の無駄遣いの結晶を
開発した行動も頷ける。

628 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:28:47.90 ID:ymqQwoTLo

「wdefhndagpcbktrbemmr……、xwdnmd。 ……gbexezuratawyw」

ミーシャが声を放つ。翻訳には一度ミーシャの生声をキャッチして『天使の涙』が
解析し、マイクから翻訳されるという過程が生じるため多少のラグがあるようだ。

美琴も、疑わしい目を向ける白井も、何だかんだでドキドキしながら耳を立てて結果を待つ。

そしてついに、『ガブリンガル』によって翻訳されたミーシャの言葉が――――!

『わん! わんわん! わん! あおーん』

「結局バウリンガルじゃねえか! お姉様ちょっとバグりすぎですの、目を覚ませー!」

629 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:29:23.64 ID:ymqQwoTLo

普段絶対にしないようなフライングクロスチョップをツッコミとして美琴に浴びせる白井。
彼女もまた、天使という領域に足を踏み入れて色々とおかしくなっているのだろうか。

(……)

しかし美琴としては『ガブリンガル』の成否など、実はどうでもよかったりする。
彼女はとある『主目的』を調べる過程で『天使の涙』の情報を得ただけなのだ。

主目的。

それは、美琴の立場からすれば決して見過ごすことのできない、とある『駆動鎧(パワードスーツ)』の情報だった。

631 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:36:50.23 ID:ymqQwoTLo

今回はここまでです。

なんか久々にくっだらねえ話を投下した気がします。
実にどうでもいい的な意味で。でもこういうのもたまにはいいかなとも思います。
『天使の涙』のエピソード、もう覚えてないんで不安ですけど……。

で、また前回嘘をついてしまいました。申し訳ない。
一端覧祭五日目のラスボスが登場するのは次回です。
ようやく今回のゲーセン編も終わりが見えてまいりました。

632 :次回予告はここまでです。 ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/03/29(木) 11:37:37.27
ID:ymqQwoTLo

【次回予告】

「じゃあじゃあ、ミサカとキャーリサがあなたの目の前で同時にひどい
風邪を引いたらあなたはどっちを看病するの? 言っておくけど、どっちも
なんてふざけた解答はNGなんだからってミサカはミサカは釘を刺しておく」
『妹達(シスターズ)』の司令塔――――――打ち止め(ラストオーダー)

「チッ、面倒くせェ……」
『天使同盟(アライアンス)』のリーダー・学園都市最強の超能力者(レベル5)―――――― 一方通行(アクセラレータ)

「このミサカに格闘ゲームで挑もうなんて無謀で愚かな挑戦状を
叩きつけてきたのはどこの馬の骨かなぁ? あひゃひゃひゃ」
『妹達』第三次製造計画(サードシーズン)で作られた御坂美琴のクローン――――――番外個体(ミサカワースト)

「今日、私がアンタに格ゲーで勝負を挑んだ理由、説明しなきゃダメかしら?」
ローマ正教、禁断の組織『神の右席』の元一員――――――前方のヴェント

633 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) [sage]:2012/03/29(木) 11:41:46.61
ID:cE9P6O0To

次回、ついに修羅場……!

638 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/03/29(木) 14:45:50.57
ID:ClbWOI7ho
いやまて・・・まだミーシャが犬の鳴き声のまねをしたという可能性が残っている!

639 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/29(木) 14:52:54.96
ID:tOKt/s5SO
ガブリエル→ガウリンガル→バウリンガル→人語
完璧じゃね

642 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/03/29(木) 17:48:56.42
ID:EIZ8m3YDO
>>638
ガブおちゃめだなww

651 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:42:00.90 ID:KQlYIabRo

――――――――――――――――――――――

「で、撮ったプリクラはどォする訳?」

「ん……私が武器に使ってるハンマーにでも貼っておくわ」

「ボロボロになるわクソボケ」

本来は店内にあるゲームを隅から隅まで楽しもうという予定だったのだが、
プリクラの騒動で精神的に疲れ果ててしまった二人(特にヴェント)は結局
格闘ゲームの筐体に座って対戦をしていた。

652 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:42:45.63 ID:KQlYIabRo

「……また俺の勝ちか」

「何度でもやるわよ。 負けてもいいからとにかく経験を積まないと
上手くなれないんでしょ? ……努力なんてしたの、いつ以来だろ」

「ゲームにかける努力なンざたかが知れてるけどなァ」

「たかがゲームでも大事なんでしょ」

「……返す言葉もねェよ」

相変わらず一方通行は容赦なかった。圧倒的な猛攻でヴェントの操るジュレを
地に這いつくばらせている。が、午前中のような完全なワンサイドゲームという
展開ではなかった。

ヴェントもまた、着実に腕をつけてきていた。初めの方は一方通行が操作する
リュウタに一発のクリーンヒットも当てられなかった彼女が、今では調子の良い
時など敵体力の半分以上を減らせるくらいまで上達していたのだ。

653 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:43:55.66 ID:KQlYIabRo

「チッ」

「……今のは結構危なかったな。 あの女、この短時間でここまで上手くなるとは」

それでも一方通行の実力には遠く及ばないが(一方通行も現在進行形で経験を積んでいるため)、
恐らくアックア相手なら一〇回やって八回は勝てるであろうプレイヤースキルを備えている。

だが格闘ゲームというのはやはり対戦が主なゲームであり、対人戦となると本物の人間相手と
己の腕を競う事になる。例外こそままあれど、勝てば自分の実力が相手を上回っており、
負ければ自分が相手より下手クソなだけ。シンプルが故に、その実力面が浮き彫りになるゲームだ。

当然、負けたら面白くはない。負けても経験を得たと思えば、という考え方も正しいが、
それでも負けたら楽しくない、悔しいという気持ちが沸き上がってこなければ意味が無い。
格闘ゲームをプレイした経験を持つ人間の実に五割は、負けが重なりつまらなくなって
足を洗ったというケースである。

654 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:44:37.63 ID:KQlYIabRo

(……、)

ヴェントはどちらかというと負けず嫌いの人間にカテゴライズされる。それも当然、
彼女はこうして何でもない平穏を過ごす前はローマ正教最大の暗部組織、『神の右席』に
所属していた魔術師だ。こんなゲームなどではなく、本物の、正真正銘の『実戦』に
何度も駆り出されている過去を持つ。

実戦での負けは『死』を意味する。負けた事で被る『死』の定義は様々であるが、
肉体的に死のうが立場的に死のうが、『神の右席』という最重要位置に君臨する
ヴェントにとってはどちらも等しく『死』である。

故に彼女は負けを嫌う、避ける。根付いているのだ、敗北を拒否する体質が。
そんな彼女が今こうして格闘ゲームで一方通行にボコボコにされている。
これだけやっても一勝どころか、一ラウンドも奪えていない。
格闘ゲームで負けても死にはしないし立場が脅かされる心配もないが、負けたら
悔しいし面白くない事には変わりない。

655 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:45:27.68 ID:KQlYIabRo

そんなヴェントがなぜこうも対戦を続けられるのか。

(まんざらじゃないのは、私も同じって事か)

それは、楽しいからだ。数えきれない敗北を積み重ね、一方的に叩き潰され、
苦い思いを強いられても、楽しいと思っていられるから彼女は継続出来るのだ。
しかし敗北ばかりのこの対戦がどうして楽しいと思えるのか。

(対戦とか勝敗結果とかそういう問題じゃなく、)

ヴェントは筐体の向こう側にいる、姿の見えない一方通行に向かって
薄く笑いながら"認めた"。目を背けず、素直になる事が出来た。

656 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:46:13.60 ID:KQlYIabRo

(白いのと一緒に遊んでるって状況が、私にとって幸福なんだ)

何でも良かったのだ。今回がたまたま勝敗という結果付きの格闘ゲームだっただけで、
ヴェントは一方通行と過ごせるならどのような状況でも構わなかった。
薄々は理解していただろう。しかしなかなか自分の本当の気持ちを受け入れる事が
出来なかった。以前の、厳密には垣根帝督とぶつかる前の一方通行のように、
ヴェントもまた無意識に己の心と距離を取っていた。

(『楽しい』、というこの感情は悪くない。 意地張って目を逸らしてた
今までの自分をぶち殺したくなるくらいには、心地が良いと言える)

657 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:46:58.13 ID:KQlYIabRo

薄汚い定食屋だろうが、何の面白みもない映画館だろうが、ただ街路を歩いているだけであろうが、
どんな場所でも、どんな状況でも、ヴェントは無愛想で口を開けばすぐ暴言を吐く、杖をついた
髪の白い生意気な少年が傍に居れば幸せだった。

(……そろそろ頃合いかしらね。 『前方のヴェント』として自己を振る舞うのも)

そして人という生き物は、認識した幸福を手放したくないという気持ちが生まれてくる。
噛み締めた幸せを持続したいと、ずっと抱き続けたいと考える。

「白いの」

「あン?」

もはや何戦目かもわからなくなった対戦で敗北したヴェントは連コインを中断し、
席を立って一方通行の下へ歩み寄った。

658 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:47:33.98 ID:KQlYIabRo

「どォした、さすがにこンだけ負けが続いてやる気が無くなったか?」

「"決着"をつけるわ。 あの女をここへ呼べ」

「はァ?」

出し抜けな注文に一方通行は首を傾げた。が、ヴェントの実直な視線を受けた彼は
茶化す素振りも見せず詳細な説明を要求する。

「あの女ってのは、」

「番外個体。 アンタ、連絡先くらいは知ってるんでしょ」

「あいつとやる気か? まだ俺にすら勝てねェって段階なのに」

659 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:48:07.97 ID:KQlYIabRo

「アンタよりあの女の方が強いの?」

「……知らねェけどよ」

ヴェントが要求したものは、つまりは『ラスボスの呼集』。
彼女をゲーセンへ通わせる原因となった女、番外個体との決着であった。

かつてヴェントは成り行きで番外個体と格闘ゲームで対戦し、それはもう
見るも無残にギタギタにされてしまった。初心者狩りなどというレベルではない、
対戦相手の心をへし折るどころか粉々にしてしまう程の圧勝ぶりを番外個体は
見せた。明らかな悪意を以ってヴェントを潰したそのプレイスタイルは実に彼女らしい。

「呼べって……まァイイけどよ。 勝てるのかよこンな付け焼刃の特訓で」

「アンタと今日ここに来る以前にも、私は毎日のようにゲーセンへ
通っていたわ。 ……本格的に特訓したのは今日が初めてだけど」

660 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:49:00.10 ID:KQlYIabRo

「急ぐ必要はねェだろ。 今年いっぱいは練習に費やして充分に上達してからでも―――」

「私の中で『私』との折り合いがついたのよ。 気付けたとも言えるか。
思い立ったが吉日、でもいいわ。 とにかく、今日あの女と決着をつける」

「……? ……よく分からねェが、まァ勝手にしてくれ」

一方通行は番外個体に連絡するためにポケットから携帯電話を取り出した。
登録番号をプッシュして耳に添える前に、ヴェントからこんな質問が飛んできた。

「白いの」

「?」

661 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:49:28.88 ID:KQlYIabRo

「私、勝てると思う?」

「嘘ついてもしょうがねェからハッキリ言うが、十中八九無理だろ」

「だったら、私があの女に勝ったら……一つだけ私のお願いを聞いてもらうから」

「なンでそォなる……。 しかも、"お願い"たァオマエらしくねェな」

「そうね。 命令、私の命令に従ってもらう」

「…………、了解」

ヴェントの真意は掴めなかったが、とりあえず一方通行は彼女との賭けに乗った。
ボタンを押し、ラスボスである悪意一〇〇パーセントのクローンに電話をかける。

662 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:50:13.25 ID:KQlYIabRo

――――――――――――――――――――――

「待たせちゃったかにゃーん?」

「まだ一分も経ってねェぞ!? もしかして近くに居たのか?」

連絡をしてからわずか数十秒後。一方通行とヴェントが居る
ゲームセンターの自動ドアが左右に開かれた。そこに佇むはこれから
ヴェントが格闘ゲームで決闘を挑む、いうなれば"ラスボス"。

番外個体(ミサカワースト)。一体ミサカネットワークのどこにそこまでの
悪意が溢れていたのか、彼女の顔は『天罰術式』にお誂え向きの憎たらしい
笑顔で染まりきっていた。

663 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:51:01.64 ID:KQlYIabRo

「み、水……ってミサカはミサカは真冬であるにも関わらずカラカラに
干上がった喉を潤すため冷たい水を要求してみたり……ぜぇぜぇ……」

番外個体の隣に、彼女から悪意を抜いてそのまま小さくしたような少女、
打ち止めがフラフラとした足取りで店内に入ってきた。
彼女の様子から察するに、どうやら二人は一方通行の電話を受けて走ってきたらしい。

「黄泉川の家からここまでどれだけ距離があると思ってンだ……。
少なくとも一分以内に来れる距離じゃねェぞ……」

「ここんとこ暇が続いてたからね~。 あ、そうそう、あなたが
世話してたイギリスの王女様、すっかり元気になったから」

「キャーリサか」

「報告するよう頼まれててねえ。 そういう訳だから、伝えたよん」

664 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:51:46.64 ID:KQlYIabRo

風邪を引いてダウンしていた第二王女の回復報告を受けた一方通行は
つまらなそうな調子でそっぽを向いた。これが彼なりの『胸を撫で下ろす』
なのだから紛らわしい。というか、素直ではない。

「で?」

番外個体は死にかけの打ち止めを無視してつかつかと店内に入り、
額に手を当てながらわざとらしく視線を動かして何かを捜す仕草をする。

「このミサカに格闘ゲームで挑もうなんて無謀で愚かな挑戦状を
叩きつけてきたのはどこの馬の骨かなぁ? あひゃひゃひゃ」

「私よ」

「うん、知ってる」

665 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:52:33.62 ID:KQlYIabRo

番外個体の顔を正面から睨みつけ、これまたわざとらしく足音を
立てながらヴェントは彼女に接近する。ヴェントも番外個体に
負けず劣らずの悪に満ちた笑顔だった。

ひゅー、ひゅーと掠れた息を漏らす打ち止めの手を引いて自動販売機に
連れて行く一方通行など二人の視界には入っていない。彼女達は吐息が
かかる距離まで顔を寄せ、バチバチと火花を散らせていた。ていうか
番外個体が本当に前髪から紫電を放っている。非常に危ない。

「お久しぶりですねえ~魔術師さん」

「今日、私がアンタに格ゲーで勝負を挑んだ理由、説明しなきゃダメかしら?」

「くふっ、大方、ずっと前にこのミサカ相手に格ゲーでボッコボコにされて、
その忸怩たる思いを惨めったらしく今日まで引きずってぇ、第一位の前で
膝をついて懇願して修行を積んだからぁ、その成果をこのミサカ相手に
見せつけてやろうってとこでしょぉ? あーやだやだ、根に持つ女って☆」

666 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:53:19.13 ID:KQlYIabRo

「話が早くて助かるわ」

「……へえ、安い挑発には乗らなくなったか。 つまんにゃーい」

もっとも、ここでヴェントが番外個体の挑発にあっさり乗って
リアルファイトに突入したらこのゲーセンは廃墟と化していただろう。

だがそれでも二人から溢れるどす黒いオーラはあっという間に店中を
覆い尽くしてしまった。遠目でその光景を見ている店員の青年の膝が
ガクガクと笑っている。並の人間がこの場に居たら卒倒していたかも知れない。

当然、ヴェントと番外個体、一方通行と打ち止めを除く店内の客は
全員我先にと逃げ出してしまった。完璧に営業妨害である。

667 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:53:56.76 ID:KQlYIabRo

そして一方通行に買ってもらったオレンジジュースを一瞬で飲み干した打ち止めは、

「ぷっはー! これのために生きてますなぁってミサカはミサカは
改めて地球の恵みである水に感謝の意を送ってみたり!」

「つかなンでオマエまでついてきてる訳?」

「あなたがいる所にミサカがいる、って言いたいんだけど……
ってミサカはミサカはあざといジト目を作ってあなたを見上げてみる」

「あン?」

ゴミ箱に空き缶を放り投げ(入ってない)、腰に手を当てながら打ち止めは
一方通行の顔をジーッと凝視する。

668 : ◆3dKAx7itpI [saga]:2012/04/01(日) 16:54:52.69 ID:KQlYIabRo

「各地に点在するミサカから聞いたんだけど、あなた、ヨミカワの家に
いるキャーリサとホテルでイチャついておったらしいではないか、
ってミサカはミサカは当時受信した動画を再生しながら確認してみる」

「!?」

「しかもベッドの上で? スプーンであーん? うふーん? あなたが
年増フェチだとは思わなかったってミサカはミサカは失望してみる」

「話を飛躍させすぎだァ!! クソッ、一〇〇三二号が発信源だな。
つかあれはただあの女を看病してただけでイチャついてなンかねェよ!」

「ミサカをほったらかしにして看病? ってミサカはミサカは追